心緒 2


 いつもなら美鈴が絶頂に達し、そのあとは一度体を休ませてやる。だが今日はそうさせる余裕が、俺の方になかった。
 用意しておいたコンドームを素早く装着してからすぐに美鈴の身体を横臥させ、片足を持ち上げて肩に乗せた。
「い、維月さ、ん、えっ、あのっ」
 さすがに美鈴はうろたえた。
 まだ整わぬ息のせいで言葉がすらすらと出てこないようだ。恥ずかしいと、美鈴の潤んだ目が訴えかけてくる。
「だ、だめぇ……っ」
 そんな目をしても、かえって俺を煽るだけだ。
 そのまま腰を進める。美鈴の秘所に堅くなった己をあてがい、蜜を塗りつけた。割れ目をなぞられ、美鈴は甘い吐息を漏らす。俺は一気に己を打ち込んだ。
「ふ、あぁ……っ」
 美鈴の甘い嬌声が俺の耳朶を打つ。それだけでも快感が高まっていく。
 奥へ奥へと激しく穿ち、腰を律動させた。美鈴のそこは俺をきつく咥え、締めつけてくる。中の襞が蠕動し、俺の堅くなったものを押し包む。
 堪らなく悦い。溺れそうだ。
「いつ、き、さん、あん、やっ、ぁっ、やぁっ、だ、だめ……っ」
 俺に体を揺さぶられ、声も小刻みに揺れる。
 美鈴は喘ぎっぱなしだ。熱く甘い呼気が寝室を満たしていくようだった。
 いつもと違う体位のせいで、いつもとは違う場所に俺の剛直が当たる。美鈴の中が熱い。腰を回し、さらに深く穿ち、突き上げ、美鈴のぬかるみを攪拌する。淫靡な水音が立ち、粘ついた蜜が俺の内股をも濡らしてくる。
「……くっ」
 何度かもっていかれそうになったが、奥歯をかみしめて耐えた。僅かに腰を引き、射精を堪える。すぐにまた腰を進めて、蜜に溢れた隘路を往復させた。すでに膨張しきっていたはずのそれだったが、ずきりとした痛みとともにさらに大きくなるのが自分でも分かった。美鈴の中はそれほどに悦い。
「維月さ、ん……っ、維月さんっ」
 俺が穿つたび、美鈴は切なげに啼く。他の言葉を失ったかのように、ひたすらに俺の名を繰り返す。
 肌のぶつかり合う音と、淫猥な水音。なにより美鈴の乱れた呼気と嬌声が俺の欲情を煽ってやまない。
 俺が腰を打ちつける。あわせて美鈴の豊かな胸も揺れる。淫らな光景だ。ごくりと喉を鳴らし、唾を飲み込む。美鈴の脚を肩からおろし、貫いたままの恰好で美鈴をうつ伏せにさせた。
「きゃっ」
 美鈴の小さく悲鳴を漏らすが、抵抗はしない。
 美鈴の細腰を持ち上げ、さらに激しく楔を打ちつけていく。美鈴の反応を見ながら動いてやる余裕は最早なくなっていた。
 美鈴はシーツをつかみ、そこに顔をうずめる。喘ぎ声が塞がれてしまったのは惜しかったが、俺も美鈴も絶頂が近い。
「い、つき……んっ、も、だ、めっ、いっちゃ……っ」
 わずかに顔をあげると、美鈴は苦しげに声をあげる。
「お、ねが……維月さ、ん……ぅっ、もう、いか、せて……っ」
 求めに応じるため、美鈴の中に埋まっている己をさらに強く、奥へと穿った。
 美鈴の腰が弓なりに曲がる。その腰をつかみ、引き寄せる。もう、互いに限界だった。
「み、すず……っ」
「んっ、ふぁっ、ああ……っ!」
 絶頂へと押し上げられ、美鈴は喉を反らせて甘い嬌声を寝室に響かせた

 ぐったりと脱力した美鈴が、腕の中にいる。
 あの後、また何度も何度も体位を変えては、貪りあうようにして深く繋がった。美鈴は何度達しただろうか。たぶん美鈴も覚えていないだろう。
 美鈴の背をいたわるように撫でてやると、美鈴はちょっとだけ身じろいで、ややあってから顔をあげた。唇を薄く開く。何か言いかけたが、喉が嗄れてうまく声がでないようだ。
 美鈴は内緒話をするような声で俺の名を口にした。
「維月さん」
「うん?」
 美鈴はもう一度俺の名を呼び、それから少しためらいがちに語を続けた。
「……なんだか今日、いつもと……」
「違う?」
「……違う、ような、違わない、ような……」
 半ば眠りにつき始めているのか、美鈴はぼんやりとした口調だ。気だるげな瞬きを繰り返している。
 すこしだけ胸が痛んだ。やはり意地悪をしすぎたろうか。しかもかなり無理をさせた。
「乱暴すぎて、……いやだった?」
 そう問いながら美鈴の髪に指をいれ、赦しを乞うように軽く梳く。
「ううん、そんなことは……ないで、す……」
 美鈴は瞬きをし、俺を見つめ直した。瞳は少し潤んでいる。
「その、ぎゃくというか、すごく……」
「うん?」
 美鈴は言葉を詰まらせ、目線を泳がせた。しばしの逡巡。それから顎を引き、そのまま俺の胸に頬をよせ、くっつけた。まるで仔猫のような甘え方だ。
「すごく……きもち、よかったです……」
 消え入りそうな声での、美鈴の告白。たぶん恥ずかしさで顔を真っ赤にしてるのだろう。
「…………」
 美鈴が顔を隠してくれていて、よかった。
 口元と頬がゆるみきっている。こんな顔は、できればあまり見られたくない。
「……安心した」
 美鈴の体を抱きよせた。美鈴は身じろいだが、顔をあげさせてはやらなかった。俺の腕の中、美鈴はすこし窮屈そうにしている。
「わかってても、口に出して言ってもらえると安心する」
「……うん」
 口に出さずとも想いは伝わる。それでもやはり言葉がほしくなる。
 美鈴ははにかみ屋だ。恥ずかしがって気持ちをストレートに口にしない。いつもというわけではない。気持ちをまっすぐに伝えてくれることもある。
 ただ、美鈴は遠慮が先に立つ。怯えているのかもしれない。本音を晒すのは、怖い。その怖さが美鈴に二の足を踏ませるのだろう。
 臆しがちな美鈴に不満があるわけではない。控え目なのは美鈴の美点でもある。
 そもそも俺も、あまり美鈴のことは言えない。美鈴のように遠慮をしているわけではないが。会社で、主に浅田さんなどに「言葉が足りない」とたしなめられることもしばしばある。
 ふっと短く息を吐いた。
「俺もちゃんと言うようにしないとな。今日は、美鈴にばかり言わせたから……一方的なのはよくない」
「…………」
「何か、俺に言ってほしいこととか、ある?」
 曖昧に問うた。
「して欲しいことでもいいけど」
「…………」
 美鈴は俺の胸に顔をうずめたまま、しばし黙り込んでいた。身じろぎもしない。
 眠ってしまったかな?
 そう思って毛布を掛け直した。なにしろ二人とも素裸だ。体を冷やして体調を崩すようなハメにはなりたくない。
 息をひそめて目を瞑った。それからすぐのことだった。美鈴は俺の背に片腕を回してきた。
「維月さん」
 驚いて目を開けた。
「維月さん」
 呼びかけに応じるように抱きしめ返すと、美鈴も背に回している手に力をこめた。
「…………」
 ぽそりと小さく、美鈴は何かつぶやいた。「ずるい」と言ったのかもしれない。別の言葉だったかもしれないが、訊き返したりはしなかった。
 呼びかけたものの、美鈴はまだとまどいを払い切れていないようだ。俺もまた黙ったままでいる。
 お互いまだ尻ごみをしているといった感じだ。二人してためらって、もどかしさに言葉を失っている。だが不思議と気まずさはなかった。
 やわらかな静けさが寝室を満たしている。美鈴の呼気以外なにも耳に入ってこない。ひたひたと浸るような沈黙に身を委ねた。眠ろうと思えば眠れる。だがこのまま寝入ってしまうのはもったいない。甘やかな空気が俺と美鈴を包んでいた。
 美鈴の髪に鼻先を埋める。甘い匂いがして、目を細めた。
「維月さん」
 美鈴がためらいを払い、再び声を発した。俺の胸に顔をうずめたまま、今度ははっきりと求めてくれた。
「……好きって、言って」
 ――不意打ちだ。
 胸が締め付けられる。甘い痛みに眩暈がしそうだ。
 美鈴を仰臥させ、覆いかぶさった。顔を寄せて口づける。触れるだけの軽いキス。それが妙にくすぐったい。
「美鈴」
「うん」
 俺と美鈴は目を合わせ、クスクスと小さく笑いあった。
「好きだ」
 間を開けず、もう一度。
 美鈴は花がほころぶように微笑んだ。
「……わたしも、好き」

* 了 *